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2024.05.19

「頂戴」

92号:紗都ちゃんの寺小屋ばなし9

講安寺住職、両門町会町会長 池田紗都さん

根津神社の「つつじ祭り」も見頃を終え、五月は湯島天神の大祭ですね。湯島地域の皆様にとっては大切な行事です。また拙寺では「施餓鬼会」という大切な法要が勤められる時期でもあります。お祭りでは氏神様を盛り立て、 生きている喜びを感じ、また、お寺ではご先祖や仏様に感謝を伝え、他の為に善行を積みましょう。

さて、皆様は日々、「頂戴いたします」「あれ頂戴!」というように「頂戴」とよく使いますね。人から何か物をもらったり、もらった食べ物をいただくことを、へりくだって「頂戴する」と言います。この「頂戴」の頂は、頭のいただきの意味で、戴はいただく、つまり頭上に載せて尊び敬うことを「頂戴」というわけです。人から物をもらい受けた時、その物を頭の頂まで持ち上げて、有り難くいただきます、という心をあらわしているのです。『法華経』に「この人はすなわちこれ如来を頂戴するなり」とあり、「頂戴というはこの中の全身を得て、しかして以ってこれに上たること無きをいうなり」と記されています。つまりこれ以上の尊いものはないということですから、本来は、店先で「おばさん、これ頂戴!」と気軽に使う言葉ではないのです。とはいえ、そんなことを日常生活に当てはめる必要は無いのですが、その語源を知っていると面白いですよね。お寺でも、御参りする際にお焼香時、自分の頭と同じか少し上に香を持ち上げてから炭の上に落とすよう伝えています。有り難い香を頂戴しますという心で御参りしてもらいたいからです。 また、お布施などの金銭を頂戴するときも同じです。これ以上ないものを戴くわけですから。僧侶にとってとても大切な経典も同じで、経本を使って読経させていただく時も、教本を頭の頂に掲げてから読みます。今回は「頂戴」という言葉の本来の意味、仏教が語源でしたという小話です。

さあ夏はもうそこまできています。例年厳しい暑さが訪れますが、これ以上厳しい夏にならないよう願うばかりです。過ごしやすい夏を頂戴したいものです

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