まちの人 alt

2021.05.09

学校法人文京学園 理事長 島田 昌和さん

74号:会いたい!湯島本郷まちの人

本郷にキャンパスを構える文京学院大学。同大学を運営する学校法人文京学園理事長で、渋沢栄一研究の第一人者として知られる島田昌和教授にお話を伺いました。

「道理正しい」が口癖だった渋沢栄一。その生き方には今の時代に大いに役立つすばらしいヒントがたくさんあります。

文京学院大学について教えてください。

 「自立と共生」を建学の精神に学園創立97 周年及び大学開学30周年を迎える総合学園です。関東大震災の翌年に祖母・島田依史子が設立しました。震災の焼け野原で途方に暮れる女性たちの姿を見て「こういう時に一番苦しむのは自活力のない家庭婦人だ」と感じ、女性の自立を使命に、私塾のような裁縫学校からスタートしたのが始まりです。
 キャンパスは本郷とふじみ野で、4つの学部と大学院があります。地域社会との交流の一環として「まちラボ」という交流施設と教育プロジェクトもあります。私もアートマネジメントをテーマに授業を担当しています。東京芸術大学出身の若手アーティストとの合同イベントを通じて人のつながりを作り、このエリアの魅力を活かした形のコミュニケーションを目指しています。

理事のお仕事ってなんですか?

 私は授業も受け持っていて、学生にもよくこの質問をされるんですよ(笑)。理事長の役割は、必要とされる新しい教育の仕組みを考えることなんですが、本来ならマネジメントに専念すべきかもしれないけど、授業を通じてリアルな反応に接することで次の時代の教育プログラムについて考えるようにしています。昨年もマネジメント業務以外に、コロナ対策のオンデマンド教材の作成に追われていました。

文京学院大学本郷キャンパス
ワークショップの様子

先生の専門の研究分野は何ですか?

 経営史が専門で、日本のビジネスに影響力のあった経営者・渋沢栄一の研究をしています。
 渋沢栄一を研究テーマにしたきっかけですか?何を隠そう、苦し紛れからなんです。大学院修士一年の夏休み明けの授業で、先生がいきなり『君たち、修士論文のテーマはもう決めてるな?ひとりずつ発表しなさい』って言うんです。実は私は何も決めてなかったのに、同期はみんな立派なテーマを答えている。めちゃくちゃあせりましたよ。
 順番が迫ってくるのを『どうしよう、 どうしよう』と頭が真っ白になっていたところに、ふと渋沢栄一を描いた城山三郎著の小説『雄気堂々』を読んだことを思い出したんです。『僕は渋沢栄一を研究しようと思います!』と言ったんですが、単に小説を読んだだけの苦し紛れ。 先生に怒られると思って内心ハラハラでした。でも意外にも先生が言った一言は『いいテーマをみつけたな!君は渋沢を一生の研究テーマにしなさい』でした。『え?これでいいの?』ってあっけにとられました。
 結局、その一言で私の生涯の研究テーマが決まってしまった。あの時、咄嗟に『渋沢栄一を研究します』っていう言葉が口をついて出てこなければ、今の私はありませんでした(笑)。本当に、人生何が起こるかわからないものですね。

経営史の研究って何をするんですか?

 歴史の研究には、先行研究による「定説」があるものですが、それを覆すことが研究価値になります。渋沢栄一にも大家と呼ばれる研究者がいて、定説を覆すには「新事実の発見」が必要になるのですが、私は、2つも新史料を発見できて幸運に恵まれました。
 最初は、修士論文を書いたときでした。学生だと入館が難しい日本工業倶楽部の資料室に入れてもらうチャンスがありました。埃まみれになりながら資料の棚を探していたら、渋沢が設立に関わった「協調会」の史料を発見したんです。それまで渋沢の労働運動に関する研究はほとんどなかったので、価値ある史料に基づく修士論文を書くことができました。
 もうひとつは、王子の渋沢史料館に通い詰めていた頃です。史料館の方が「こういう史料もあるんですよ」とヒョイと出していただいた中に、「渋沢同族会会議」の議事録があったんです。そこには「今月は××の株を買う」とか「〇〇に寄付をする」とかお金の出し入れに関係する記録が残っていました。これも30年分の議事録を丹念に追うことで定説を覆すことができました。しかも議事録からは渋沢の柔軟さやガラス張りの姿勢まで読み取れたんです。

渋沢の柔軟さはどういう背景で生まれたのでしょうか。

 先進的な考え方を取り入れる家風で育ち、若い頃からたくさんの人と交わって暮らしていたことが大きいと思います。生涯を通じて多くの人とうまくやっていけたのはまわりの人の考え方を咀嚼して、よい面を取り入れていく柔軟性を持っていたからでしょうね。
 渋沢の口癖は「道理正しい」という言葉でした。道理とは「物事の正しい道筋」 という概念です。常に物事を俯瞰してみるスタンスの人だったのでしょう。

渋沢栄一の肖像画

日本語ワークショップの様子

島田昌和教授の著書

大河ドラマになり、新一万円札の顔になる割には活躍が知られてないですね。

 彼の残したものはたくさんありますが、例えば松下幸之助ほどには名前は知られてないですよね。渋沢の関わったビジネスが消費材などの人の手にするモノづくりというよりも、金融業や鉄道網など、経済のインフラにかかわる事業を手掛けていたからでしょう。
 渋沢といえども、やることすべてが成功したわけではありません。「まだ先がある」「まだ足りない」という感覚が常にあったのだと思います。とにかく、考え方のスケールが大きいんですよ。よいと思ったことを実行に移すエネルギーが普通の人とは違うのだと感じます。

どういう人だったんですか?

 渋沢栄一は、「人たらし」なんです。 まったく違うタイプの人を集めてきては、上手にワンチームを作れる人。彼自身はエースではなくて、キャプテン型。 ほかの人の能力を上手に輝かせることができる才能の持ち主でした。つまり、 自分が親分になってみんなを引っ張るトップダウン型ではなく、チームを作ってそれを下支えするタイプですね。今の時代に求められる新しいリーダー像の先駆けといえるかもしれません。

渋沢栄一の生き方から何が学べますか?

 学生と接して感じるのは、以前と比べて「内向き志向」になってきたことです。リスクをとってカラを破ることを欲しない、安定志向の考え方が主流になっています。ある意味「大義」を見失っている状態だと思うんですよ。一方で、渋沢の生きた時代は、まず「日本」という独立国を成立させる必要がありました。世界との軋轢を乗り越えていかないと「日本」の国全体としての幸せはないと考えており、大局的な視点を持って偉業を達成しているんです。
 海外では大きく価値観を変えるようなイノベーターが現れていますが、今の日本にはそういう人が現れそうな感じはしませんよね。そんな中で、現状を打ち破る方法として、渋沢的なやり方は参考になるのではと思います。突出したヒーローではなく、共感型の組織でみんなで利益を生み出して分配するやり方です。
 日本はもともとそういうやり方が得意なんですよ。他人にヒーローを待望するのは、つまり人ごとなのと一緒です。 自分ができないことをほかの誰かに託すのではなく、みんなで知恵をしぼってよりよい社会を作ること。渋沢栄一の人生からこういうことを学んでいけたらいいですね。

渋沢栄一講座
「渋沢栄一の“算盤”とは?ビジネスの才覚を探る

(学)文京学園理事長・文京学院大学教授 島田 昌和

【講義内容】
渋沢栄一の〝論語〟は広く知られていますが、意外にもそれを活かしたビジネスの実態は明らかにされてきま
せんでした。あまりにビジネスの活動が壮大過ぎて、研究者も近寄りがたかったからでしょう。3回を使って、ビ
ジネスの素地づくり、渋沢ならではのビジネスの極意、さらにはそれに基づいてどんな社会となるべきと考
えていたのかをお話します。

【講義日程】
 第一回: 令和3年5月18日(火)15:00~16:30「 ビジネスに入るまで~いかにして才覚を身につけたか
 第二回: 令和3年6月15日(火)15:00~16:30「 渋沢栄一の〝算盤〟とは~渋沢流のビジネス流儀
 第三回: 令和3年7月20日(火)15:00~16:30「 どんな社会をめざしたか~社会貢献の仕方

【受講料】10,000円(全3回一括)
【定 員】50名(先着順)
【主 催】公益財団法人 斯文会/湯島聖堂
【ところ】斯文会館 講堂(〒113‒0034 東京都文京区湯島1‒4‒25 史跡 湯島聖堂内)
【アクセス】
 ■JR御茶ノ水駅 徒歩2分
 ■東京メトロ千代田線新御茶ノ水駅 徒歩2分
 ■東京メトロ丸ノ内線御茶ノ水駅 徒歩1分

お問合わせ先:公益財団法人 斯文会事務局「公開講座 係」TEL:03-3251-4606 / FAX:03-3251-4853

 

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